ミツメ 「エスパー」

 

 この一曲さえリリースしたなら、それだけでそのバンドには十分な存在意義があったと思わせられる、完璧な音楽が稀にある。

 2020年に惜しくも解散をしてしまったシャムキャッツの「GIRL AT THE BUS STOP」や、山田尚子監督作『リズと青い鳥』の主題歌にもなったHomecomingsの「Songbirds」は、そのことを強く感じさせる楽曲だった。

 そして、ミツメにとってのその一曲は、2017年12月にリリースされたこの「エスパー」だ。

 

 はじめて「エスパー」を聴いたときのことはよく覚えている。リリースの数ヶ月前に行なわれたライブで新曲として披露されたこの曲を、その日、客席にいた一人のオーディエンスがSNSに動画で共有したのだ。楽曲のサビ部分だけが切り抜かれた動画だったが、当時、そのメロウな演奏、ヴォーカルに、一聴しただけで電流が走るような感覚があった。いまから5年前のことである。

 

 「エスパー」で歌われるのは、かつては言葉を交わさずともお互いの考えていることがまるでテレパシーのように通じ合った恋人同士のことだ。それが今ではお互いの何もかもが分からなくなってしまった、分からないからこそ言葉すら交わせなくなってしまったというその諦観を、時にメジャー・スケールを逸脱しながら、ヴォーカルは不安定にも訥々と言葉を紡ぎ出していく。逆説的に付けられた「エスパー」というタイトルからは虚しさすらも感じられる。

 ヴォーカルの後ろでは、やさしい音色のリード・ギターが、かつての輝かしい二人の記憶をノスタルジックに想起させるかのように鳴り続ける。しかし、青春時代などという曖昧な期間の、その不確かさを表すかのように、間奏と後奏のソロ・パートではこれが心地よくもサイケデリックに歪みだす。

 こう書いてみると、デレク・シアンフランスの映画『ブルーバレンタイン』のような倦怠的なムードが漂い続けるむなしい曲なのかと思われるかもしれないが、感触的にはもっとずっと希望の感じられる曲である。軽やかに揺蕩うバンドの演奏からは、歌詞で描写される人物たちの若さがたしかに感じられるし、ここで歌われるような悩みが、"誰しもきっといつかは抱えたことのあるものだよね"と、聴き手の共感を誘えるレベルのものに落ち着いている。楽曲全体のムードがノスタルジーを軸に絶妙なバランス感で成り立っているのがこの曲の大きな魅力である。

 前奏⇨A⇨B⇨サビ⇨間奏⇨A⇨B⇨サビ⇨後奏の、一般的なポップスの体を成した楽曲で、バンドの中でも抜群に聴き触りのいいメロディーで歌われてはいるが、その中にあえて不安定な要素をごく僅か散りばめたことで、楽曲として唯一無二の輝きを放つことに成功しているのだと感じる。

 

 2022年10月。外の風は日に日に冷たさを増してきた。日照時間も次第に短くなりつつある、秋から冬へと移行するこの時季には、街の風景のそこかしこからもうっすらと死の気配が感じられるようである。ミツメの「エスパー」はこんな季節にこそ聴かれたい楽曲である。

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