漫画マイベスト 2023

 2023年も数多くの漫画と出会えた1年になりました。今まで読めていなかった旧作もいくつか読むことができましたが、中でも沙村広明無限の住人』、鬼頭莫宏なるたる』などを読むことで、自分はやはりアフタヌーンの連載作品のことが大好きなのだと再認識できるきっかけにもなりました(植芝理一謎の彼女X』も今年久しぶりに読み返しました。未だに6,7巻の卜部と百夏が入れ替わる長編に強く思いを馳せます)。また、このブログでも記事に書いた、板倉梓『瓜を破る』と出会えたのも今年になってからのことでした。

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 それから長らく絶版になっていた奥田亜紀子『ぷらせぼくらぶ』が祥伝社から新装版として復刊されたのも今年です。紛うことなき名作なので、未読の方には是非、手に取りやすくなった紙の書籍で読まれることを強くおすすめします。

 そして今年発売の新作にも、そんな名作群に負けず劣らずな素晴らしい作品はたくさんありました。大好きな連載作品のいくつかは完結を迎えましたが、そのどれもが本当に凄まじい幕切れを見せてくれたと思っています。

 今回はそんな2023年、とりわけおもしろいと感じた10作品をランキング形式で紹介します。レギュレーションは以下の通り。

 

・2023年1月1日〜2023年12月26日に発売された中で読んだもの

・単巻でない場合は第1巻もしくは完結巻が発売されたもの

 

 それでは早速、第10位から。

 

第10位 放課後ひみつクラブ / 福島鉄平

 

 学園の隠されたヒミツをめぐるコメディ作品です。ギャグのテンポ感が心地よく、ツッコミの語彙もかなり冴えていてクスッと笑えるところが好きでした。

 基本的には蟻ヶ崎さんがボケて猫田くんがそれに対して低体温なままにツッコむ(ツッコミというか訂正や詳細説明と言った方が正しいかもしれない)という、主人公二人の会話劇を軸に構成されていて、終始漫才的な色が濃い作品だと思いました。羂索と高羽のあれよりも遥かに漫才っぽい。それでいて、単なる日常系というよりは物語は都度ちゃんと進行していて、なんというかその異色なムードが気になってしまう作品です。

 

第9位 SPUNK -スパンク!- / 新井英樹

 

 正直、新井英樹の作品をちゃんと読んだのは今回が初めてでした。いつか『ザ・ワールド・イズ・マイン』が無料公開されていたときにちょっとだけ読んだことがありましたがもう今ではほとんど内容を覚えていません。

 この作品はSMクラブの女王様達が主人公ですが、自分にとって体験したこともない世界を垣間見せてくれるところがとても魅力的でした。漫画の勢いがとにかくすごく、ベテラン作家であるのにも関わらず若さに溢れているような作風で、読んでいて気持ちが晴れます。この作品を入り口に、他の新井作品も色々読んでいきたいと思いました。

 

第8位 雨がしないこと / オカヤイヅミ

 

 まず、装幀の美しさがとても目を引きました。漫画本文の印刷も一般的なスミではなく青のインクで刷り上げられていて、デザインへのこだわりが強く感じられます。12月に上下巻が同時に発売されてすでに完結もしている作品。

 全2冊と非常にコンパクトな物語ですが、その中で様々な登場人物達が主人公である花山雨をそれぞれの立場から述懐していきます。恋愛をしない雨は、周りの目から少々奇特な存在に映りますが、本人はそんなこと気にも止めず毎日を飄々と生きていて、その姿がとにかく格好いい。こんな風に生きてみたかった。

 

第7位 飛行文学 / しゃんおずん

 

 短めの話が380ページ分ぎっしり詰まった連作集です。デフォルメされた登場人物のタッチがかわいらしいですが、その中で時おり寂しさや懐かしさのようなものが訪れて非常に読み応えがありました。絵も、平面的な構図から過剰なまでにアクション色の濃い立体的な構図になったりコロコロと変化するのがとても印象的な一冊です。

 帯に寄せられた衿沢世衣子の「昨日の通学路から1万年後のあの子の家まで自在に遊泳する爽快な一冊!」という推薦文がこの作品の名状しがたい魅力をとても簡潔に表現しています。

 

第6位 えいとまん先生のおかげで彼女ができました! / えいとまん

 

 カバー表紙のイラストで、こちらに笑顔を向け爽やかに海辺を駆けている彼女の名前は田中さん。青色の、これまた爽やかな見返しを一枚めくると開始一コマで田中さんの衝撃的なモノローグ「あたしはビッチだ」が目に飛び込みます。田中さん、ビッチだったのか…… 最高の幕開けかもしれない。

 えいとまんは成年コミック作家の中でも個人的に大好きな人で、この連作が単行本化すると聞いたときは大変喜びました。私にとってこの単行本が初めて発売のタイミングで購入することができるえいとまんの単行本だったからです。

 新刊発売に際してメロンブックスが企画したえいとまんによるサイン会、多分抽選に外れるだろうと思いながらも申し込んだところまさかの当選。えいとまん先生のサインをいただくことができました!そのこともあって非常に思い出深い作品となっています。内容は純愛で間違いないかと思います。

 

第5位 ダンジョン飯 / 九井諒子

 

 あの『ダンジョン飯』がとうとう完結しました。今から10年ほど前、自分が積極的に漫画を読むようになった最初の頃に九井諒子の『ひきだしにテラリウム』と出会いました。その九井諒子が流行りの"ダンジョン"で続きものの漫画を描き始めたと聞いて、当時は正直不安な気持ちもあったように記憶しています。いざ読んでみると、これが本当におもしろい。的確な絵、台詞、ギャグ。以前の作品よりも遥かに強度を増しているように感じられました。巻を追うごとに物語はより濃密なものになっていきましたが、序盤で提示された設定や台詞も取りこぼすことなく、これ以上ない美しい完走を見せてくれました。まさに大団円です。『ダンジョン飯』以前は短編ばかり描いていたはずなのに初めての長編をこんなに器用に仕上げるとは、なんと恐るべき才能でしょうか。

 来年1月からはTRIGGERによるTVアニメも始まりますから楽しみです。

 

第4位 潮が舞い子が舞い / 阿部共実

 

 永遠に続いて欲しかった作品ですがこちらも完結巻となります。前作の『月曜日の友達』で完全に心を掴まれた阿部共実の新連載でしたが、著作の中でも非常にコメディのテイストが強い作品で読んでいると思わず吹き出してしまう回が数多くありました(バーグマンが学食で大騒ぎする回なんかは序盤ですけどとても印象に残っています)。その中で時おり不穏な影をちらつかせたり、叙情的な一瞬を切り取ってみせたりするのがこの作品の凄いところで、青春時代の貴賎を問わない生々しさの表現としてこれ以上のものはないのではないかと思わされます。

 最終10巻に収録されているラスト2話はそういった青春性の到達を見ているようで、その美しさには目が灼かれました。こういった作品に触れるたび、私は小沢健二の「さよならなんて云えないよ(美しさ)」という曲が頭をよぎります。

 

第3位 砂の都 / 町田洋

 

 町田洋の9年ぶりの新刊です。装幀は映画パンフレットなどで活躍する大島依提亜が担当しています。カバーも本文もタイトル通りに「砂」を思わせるざらっとした用紙が使われているこだわりよう、この単行本に関してはフィジカルで読むことのありがたさを強く感じました。

 内容は有り体な言葉を使ってしまえば文学的。一つ一つの台詞は短いながらもその中には胸に残る素敵な言葉がたくさんありました。まさに詩のような漫画です。幻想的な作品設定の中に含まれたメタファーの豊かさ、漫画でものを表現するということにおいて一切の妥協がありませんでした。出てくる女の子、とても可愛いです。

 

第2位 違国日記 / ヤマシタトモコ

 

 『違国日記』を読み始めたのは作品の完結巻が出た後になってからでした。電子書籍のセールで途中までは買っていましたが、それも読まずに積んでいる状態がしばらく続きました。来年公開予定の瀬田なつきによる実写映画の報などで興味が高まり、とうとう先日読み始めたような経緯です。

 読み終わってみると、リアルタイムで二人の生活を見届けられなかったことをひどく後悔しました。読み始めてしまえば大好きな作品であることは一目瞭然だったのに本当に勿体無いことをしてしまったなと思います。

 とにかく、朝と槙生の関係が3年間の中で徐々に徐々に軟化していく、物語の丁寧で緻密な様に大きな好感を抱きました。それぞれの友人も巻き込んで人間関係の輪が静かに広がっていくような部分も読んでいてとても心地がよかった。自分の知り合い同士が仲良くしているのを見てなんだか嬉しくなるようなそんな感覚を思い出します。

 最終回ですが、私はそのあまりの美しさにちょっとだけ泣いてしまいました。大切な大切な作品です。

 

第1位 出会って4光年で合体 / 太ったおばさん

 

 2023年のマイベストは作家名・太ったおばさんによる『出会って4光年で合体』、FANZAで購入したポルノに決定しました。

 この作品、一人のアマチュア(?)作家がこんな達成を見ることができるのかと、普通に考えればそれは絶対に不可能ではないかと思わせるような、ありえないレベルにまで到達していて、もはや感動する他ありませんでした。見たことも聞いたこともない謎の物語を、あまりにも奇抜なストーリーテリングで風呂敷を広げに広げているのに、最後にはちゃんとしわ一つ残さず綺麗に畳んでしまったかのようなそんな作品です。わけがわかりません。ちなみに私が今までに読んだ漫画の中では間違いなく断トツに文字数が多かった。

 残念ながらこの作品はアダルトコミックですから18歳未満の人には読むことができません。より多くの人がこの感動をはやく味わえることを切に願います。だって、こんなにも怪しく魅力的な光をギラギラと放っている漫画ってそう頻繁にお目にかかれるものではないです。それくらい奇跡的な漫画でした。それにしてもヒロインのくえんちゃん、本当になんて可愛いのだろう。

 土着信仰的な部分が基盤にありつつ、SFのテイストが色濃いこの作品、私は新海誠の次回作は『出会って4光年で合体』なのではないかと睨んでいます。圧巻の大長編。100点満点。