少女と森 (『タコピーの原罪』上 感想)

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 一コマ目、薄暗く木々が生い茂る森の入り口のようなその空間には藤子・F・不二雄ドラえもん』の空き地よろしく、三つの土管が横積みされており、その中の一つからは怪しげな触手が外へと伸び出ている。土管の中に潜む何者かに対し、戸惑いながらも「ねえ そこに誰かいるの?」と声を掛けるのは小学四年生の少女・久世しずかであり、この物語の主人公だ。そしてその声に呼応して暗がりから正体を現したのはなんとも可愛らしいタコ型の宇宙人・タコピーである。

 タイザン5によるジャンプ+連載作品『タコピーの原罪』はこのようにして幕を開けた。

 先述の土管の描写に加え、主人公に与えられたしずかという名前、そして魔法のような能力を備えた「ハッピー道具」で自由に空を飛んでみせるSF的な生物。開始10ページもしないうちから読み手側に『ドラえもん』を想起させるには十分な設定がいくつも見せられ、楽しげなムードのまま進行するかと思われた本作品は、しかし突如、「死ね」と落書きされたしずかのボロボロになったランドセルをはっきりと読者に見せつけてからはその不穏な本性を微塵も隠そうとはしない。物語は次々と取り返しの付かない陰惨な事件を起こしながら、常に予想外の衝撃的展開を見せ続ける。いじめ、虐待、自殺、殺人と作品を支配するテーマは常にむごたらしく、緩急を付けた筆致が非常にいやらしくも周到にそれらを最悪な形で描写することに成功している。『ドラえもん』というより、同様のモティーフを扱っているために想起するのは『魔法少女 まどか☆マギカ』、『おやすみプンプン』、『マジカル・ガール』、『ドキドキ文芸部!』といった陰鬱な印象を抱かせる作品群である。

 振り返ってみると、しずかとタコピーの出会いの場所が「森の入り口」だったことは非常に示唆的であるように感じられる。森とは、『ヘンゼルとグレーテル』を始めとした多くの童話では同様のモティーフとして描かれるように、現実とは一線を画した幻想的な冒険の舞台である。森へと冒険に出る物語の主人公たちはその中でイニシエーション(通過儀礼)を体験することで成長し現実に帰還するのだが、しずかはこの出会いのシーンでタコピーとともに森の奥へと進んで行くことはせず、「下じき買いに行かなきゃだから」という理由をつけて現実の方へとすぐさま踵を返してしまう。発言の多くが小学四年生にしてはあまりにも諦観的で現実を見据えてしまった内容であることからも分かるように、もはや彼女は、自分がこのクソみたいな日常を受け入れるしかないこと、そしてこの事態が突如好転したりはしないであろうことに何ら疑問を持たない。現実に抗うことなど到底不可能だと思い込んでいる彼女には森の奥へと進む資格がこの第1話の時点ではまだ無かったのかもしれない。そのような経緯があるからこそ第4話では、累積された条件を満たすことで今度は森の奥へと進むことができた彼女が、そこであるイニシエーションを体験し、成長した状態で森を出て行こうとするまさにその瞬間、遅まきながらタイトルバックを見せる映画的な演出には、そのイニシエーションの内容が最悪であることは重々承知しながらもやはり強い高揚感を認めざるを得ない。この森の奥で図らずも成長を遂げてしまったしずかが、それまで内に秘めていた魔性を解き放ち生まれ変わったことで、物語はさらに大きく躍動する。この漫画の第二の始まりのシーンと言ってもいいだろう。

 

 今ではとにかくこの『タコピーの原罪』がインターネット上で流行りまくっている。最新話が更新される金曜日の0時にはツイッターがこの漫画の話題で埋め尽くされるし、毎週漏れなく作品名がトレンドに浮上しているような状況だ。このたび発売した上巻の内容から現在更新されている最新話までの間にもさらにストーリー展開は一段も二段も飛躍を見せている。

 そして、上下巻での単行本刊行がすでに発表されているとおり、この物語はこれを書いている現在の最新話(第13話)時点ですでに終盤に差し掛かっていることが推察される。希望の光はいまの時点ではまったくと言うほど見えてこない。が、そんなものはもはやこの苦しみのジャンキーと化した読者の誰一人として望んでいないようにも思われる。最終回を待つ読者にできることと言えば、この物語にどのような決着が付こうと、傷つきつつも傷つかない、とでも言うような都合のよいアンビバレントな姿勢を整えておくくらいではないだろうか。

 

 余談ではあるが、第1話の「2016年のきみへ」と言うタイトルを見るとどうしても関連付けずにはいられなくなるのが2016年最大のヒット作でありその後のアニメーションや漫画作品に多大な影響を及ぼした新海誠の映画『君の名は。』のことだ。ネタバレにはなってしまうが、なんと『タコピー』も『君の名は』も、どちらも"入れ替わりモノ"であり"時間遡行"が物語の大きなトリックとなっている(!)。