全3巻で完結する漫画を紹介

 現在の個人的な気分で「これだけは読んでください」と推薦したくなる完結済み漫画を紹介します。すべて全3巻の作品で統一しました。これというのも、全3巻という長さに私自身、強い愛着があるからです。何日もかけて読まなくてはいけないというほどではなく、それでいてたしかな読み応えがあるという絶妙な長さで、読後の余韻は120分程度の映画を見終えた後と近いものがあると思っています。それに3冊で終わるというのは作品を買い集めるにしても経済的に優しいですし、そういった点でも気に入っています。

 選んだのは全5作品、順不同です。最初に書いている通り、現在の気分が強く反映されていますから、今回選外に漏れた作品がここで紹介する漫画よりも劣っているとかそういったことは特にありません。それでは始めます。

 

1.バララッシュ / 福島聡 (全3巻)

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 この作品は比較的最近になって初めて読みました。もともと私が好きだった『ブランクスペース』の熊倉献さんがTwitterで紹介していた作家ということで興味を持ったのがきっかけです。

 1987年、高校の同級生だった山口と宇部というふたりの男がプロとして共にアニメーション映画を作ることを誓い合い、その道へ進んでいくという物語です。

 アニメ監督志望の山口と、アニメーター志望の宇部。高校で宇部の天才的な画力に目をつけた山口が、ふたりでアニメの世界を目指すことを提案するのですが、この山口はアニメ知識は誰よりも豊富なのですが絵が全然描けません。ですから山口は最初、アニメの制作としてキャリアをスタートするわけです。一方の宇部はやはり天才的な才能を持っていますから早いうちから有名なアニメ監督に原画として起用されたりします。山口の方にも「なんでこいつだけ…」と嫉妬心が芽生えたり、途中ちょっとギスギスしたムードになるのですが、この才能の有無に端を発する仲間内の不和というのは漫画に限らず物語には頻出します。松本大洋の卓球漫画の金字塔『ピンポン』もそうですし、私の大好きなアニメ映画『リズと青い鳥』もこれに該当すると言えるでしょう。それでもこの作品のふたりの不和をなんだかんだ安心して見ていられるのが、この漫画の構成が、第1話の時点で、中年となった現代(2017年)のふたりが監督と作画監督で名を連ねているアニメーション映画をふたりで仲良く映画館へ見に行くシーンから始まるからです。この漫画自体が、紆余曲折あったけどアニメ業界で成功を掴んだふたりの長大な回想の体になっているわけですね。作品のテンポ感の良さも、そこに主眼を置く必要がさほどなかったことに由来しているでしょうし、第一、このシーンから物語を始めているところを見ると、最初からあまり連載を長期化させようとは考えていなかったのかなとも思います。

 実際のアニメ業界がこの作品で描かれているのと比べてどうかというのは分かりませんが、業界の一端が垣間見えるような描写はとても興味深いですし、それもこの作品の大きな魅力です。アニメ業界とは少し違いますが、バディで漫画を作る『バクマン。』や『G戦場ヘヴンズドア』(これも全3巻ですね)とも多くの点で通じるものがある熱血青春系漫画の佳作だと感じています。表紙デザインも、カバーが原画で、帯が仕上げのイメージなのがなかなかおもしろくて気に入っています。

 

2.ヴォイニッチホテル / 道満晴明 (全3巻)

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 2作目は道満晴明の『ヴォイニッチホテル』を推薦します。個人的にはオールタイムベストにも挙げたいくらい大好きな作品です。構成が非常に巧みで、多数登場するキャラクター達の扱いが全くぞんざいになることなく、完全な統制を効かせながらおよそ9年間の連載を鮮やかに駆け抜けた一級の群像劇です。

 物語は太平洋南西に浮かぶ小島のホテルに日本からの旅行客クズキ・タイゾウが訪れるところから幕を開けます。一話一話の長さが6〜8pとかなり短く、単行本で読む際のテンポ感はそのため小気味いいものになっています。先にも群像劇と言っている通り、クズキが島で出会うホテルの宿泊客や従業員、島民などとの交流から生まれる人間ドラマが魅力的な作品で、後から「あれはこういうことだったのか」ということが一つ一つ繋がっていくことの気持ちよさがあります。中でも、島で起こる謎の事件を追い続けている少年探偵団がいるのですが、彼らの出てくるエピソードはどれも印象的です。それと実際に読んでいただければ分かりますがギャグがどれもおもしろいですね。言葉選びとか下ネタとか他作品からのパロディとか、次々とスタイリッシュに決めていく様はもはやおもしろいを通り越してかっこいいとすら思えます。ギャグとは違いますが、中でも驚かされたのは物語のラストでなんの脈絡もなく空からあるものが降ってくる展開です。これが有名な群像劇映画のラストシーンの明らかなパロディになっているのですが、このネタの選出にはかなりグッときました。群像劇という繋がり以外本当に何の意味もないわけですから。9年間続けた連載の締め方をこれに決定できることにも感服しますが、非常に爽快な終わり方なもので個人的には大変気に入っています。

 また、9年の長期連載ということもあり初期の絵柄は今から見てみると一世代昔のタッチになっているのもなかなか興味深いなと感じました。

 

水は海に向かって流れる / 田島列島 (全3巻)

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 『バララッシュ』もそうですが、こちらは昨年に完結巻が出たばかりの比較的新しめな作品です。『子供はわかってあげない』で大きな話題を集めた田島列島の最新作ということで、連載当初から注目されていたような印象があります。

 前作『子供は〜』が、人と人との繋がりを描く際に、あまり繊細な内面描写を描きすぎることを避けたコミカルな作品であったのですが、こちらは人物達の複雑な心の内にも踏み込んだ描写が数多く見られました。物語の重要なテーマにも「不倫」というものがありますし、前作と比べると少しシリアス寄りな作風かなと思います。そういった難しい人間ドラマを描く上で、キャラクター達の描線がかなり淡白な、漫画的にデフォルメが施されたこのデザインとの相性はどうだろうと初期の頃には多少感じていましたが、逆にそういった心理描写を描く際に激情的になりすぎない点が功を奏したのではないかと思います。

 過去のとある出来事のせいで恋愛をしないと心に決めている榊さんと、次第に彼女に惹かれていく高校生の直達くん。第1話での出会いのシーンでは、この恋が難しいものになることを暗示するようにすでに雨が降っているのがとても印象的でした。このふたりが3冊かけて運命を超克していく物語なわけですが、榊さんがラストに放つ素晴らしいセリフには読者の多くが感動させられたのではないでしょうか。『子供は〜』のラストもそうですが、映画的な余韻を生むのが非常に上手い作家なのだとこの2作を読んで確信しました。

 主人公は直達くんと榊さんのふたりですが、脇役達もみなとてもいい味を出しています。このふたりを含めた5人が一つ屋根の下で共同生活を営む物語なわけですが、性悪というのが一人も出てこないのが読んでいて苦にならず楽しめました。『ヴォイニッチホテル』のギャグが鋭角に刺してくるようなものだとするなら『水は海に向かって流れる』のギャグはそれとは違って人物の温かみが感じられるようなものが多かったです。優しいタッチで描かれているというのが大きいのでしょうが、そういったところに間口の広さを感じられ、万人に推薦できるような作品です。

 

4.がらくたストリート / 山田穣 (全3巻)

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 これはまずとても絵が上手い漫画だと思いました。線が細かくて人物や機械の輪郭の精度も高い。いちいち女の子の身体が物語的には全く関係ないところでとても性的に描かれていて驚かされるのですが、実は作者は「ZERRY藤尾」という別名で成年漫画も執筆しています。成年漫画を執筆している点では『ヴォイニッチホテル』の道満晴明とも共通しますが、雑学めいた会話劇が繰り広げられる点もかなり似ているのではないかと思います。というか、こちらの雑学の方がガチ度においては勝っているというか、それがやりたいがために、物語は二の次で蘊蓄を披露しているきらいすらあり、それがまあとても面白いわけです。完璧な炒飯の作り方であるとか、投球のキレであるとか、言ってしまえばくだらないことを丁寧に解説する回が多く、当然吹き出しの文字数は他の選出作品と比べても段違いに多い(笑)。個人的にこういう作品は大好きですね。メインの物語も民俗学的なモチーフを取り入れており、かなりスノッブな作品だと思っています。高い画力を有しながら雑学をひけらかすことに全力である様が素晴らしいです。実際に読んでみるとこのクセになる感覚はよく伝わるのではないかと思います。ちなみに成年漫画の方もほとんどこのノリで、雑学先行でエロは二の次くらいの作品が多くそれも含めてこの作家のことは大変気に入っています。集英社から出ている『昔話のできるまで』という短編集も面白いので是非。

 

5.『万引きJK生けいおん部!』他 / 蛸壷屋 (全3巻)

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 最後は変わり種というか、同人誌からの選出です。番外編というか、この作品だけは他と違って決して推薦するというのではないです。紹介しておきながらなんですが普通に最悪な作品です(笑)。

 京都アニメーション山田尚子初監督作品であるTVシリーズけいおん!』は2009年の4月から放送が開始され、この作品は早くもその年の8月の夏のコミックマーケットに並びました。大人になった律がラーメンを啜りながら「ありゃー…唯とうとう死んじゃったか…」とテレビのニュースを見ているコマは非常に有名ですね。

 原作とTVアニメが持っている和やかな作品ムードを完全に無視した残酷な人間ドラマを、良心を捨て去り3冊に渡ってまざまざと見せつけ続けた作者の手腕はたしかなものです。元は漫画家志望であったということもあってか、二次創作でありながら強い作家性が打ち出されています。救いのない展開が終始続くので、原作ファンの中にはこれを一切受け付けない人も数多くいるだろうと推察できます。

 さて、この作品の唯と澪にも、『バララッシュ』の際に少し説明した、才能の有無に端を発する不和が多分に見られます。というより基本となるエピソードがそれと言ってもいいでしょう。第1巻から、凡才として描かれる澪の、天才・唯に対する巨大な羨望と嫉妬が大きく渦を巻いているわけですが、他の作品と違うのはそれが一切の報いを見ることなくバッドエンドを迎えてしまうところでしょうか(最後の最後にはちょっと希望のようなものが見えなくもないですが)。凡才が弛まぬ努力で天才に打ち勝つような、また、たとえ打ち勝てなくても自らの進路に希望を見出すような展開がこの手の結末の定石であるはずなのですが、ここで描かれる澪はもう全然ダメです。唯という天才の傍らで、自分にだって何かあるんじゃないかと、27才にして裸でベース演奏の生配信を行ないますが、視聴者達から書き込まれる「ババア乙」等のコメントを読んで布団の中で発狂してしまいます。このシーンで澪が抱いたであろう「私はもう若くなく、才能なんて何もなかった」という恐怖心は誰しもが大なり小なり感じたことのある根源的な恐怖ではないかと思っています。こういった描写を説得力を持って挿入できるところがさすがに強烈で、感嘆せざるを得ません。

 

 

 紹介は以上の5作品となります。比較的有名どころばかりですが、面白さの保証できるラインナップになっていますので、読んだことのない作品があれば是非読んでみてください。